親族や親しい友人などからお金を貸して欲しいと頼まれたとき、あなたなら契約書を作りますか?金額によるでしょうか?数百円程度であれば契約書を作る人はあまりいないと思います。数千円の場合はどうですか?数万円ではどうでしょう?
貸したお金は、いつか返してもらうものです。貸主が借主からお金を返してもらおうとする時、借主が借りたことを忘れていたり、借りた金額を忘れていることは珍しくありません。契約書を作っておけば、このような事態は避けられます。しかし、契約書を作るためには手間と時間がかかります。貸した金額が小さい場合はすぐに返済される場合が多いでしょうし、もし万一返済されなかったとしても仕方ないと思える程度の金額であればなおさら、手間と時間をかけてまでわざわざ契約書を作る必要はないと考えるのはもっともなことです。
ではそのような少額ではない場合は、契約書を作りますか?貸す相手が親族や親しい友人などの場合、少なくない金額であっても契約書を作らずに貸すケースは結構あるのではないでしょうか?信頼している相手だから契約書がなくても返してもらえるだろう、むしろ契約書を作りたいと言うと相手を信用していないようで失礼であろう、などと考えて躊躇する方もいるでしょう。
本稿では、お金を貸すときに契約書を作るべきかどうかについて、少し考えてみましょう。お金を貸す契約のことを金銭消費貸借契約といいます。
原則として、口頭で合意するだけでも法的に有効な契約は成立しますので、契約書を作成しなくても金銭消費貸借契約は成立します。例えば、「1週間後に返してね」と言って1万円を渡し、受け取った人が「分かりました、1週間後に返します」と口頭で返済の合意をすれば、金銭消費貸借契約は有効に成立します。
ただし、書面を作成しない金銭消費貸借契約は、貸主が借主に対して実際にお金を交付した場合のみ成立します。よって、例えば「1週間後にお金を渡すので、その1か月後に返してください」というような、将来の金銭交付を約束する内容の契約は、書面を作成しなければ契約は成立しません。
契約書を作成することの意義は、合意した事実及びその内容を書面で残し、証拠化することです。お金を貸す時は「すぐ返す」ということで信頼して、領収書くらいは作成するとしても、詳細な条件は決めずにお金を渡すことは少なからずあるでしょう。しかし、最低限の条件は合意しておかないと、些細なことで不信感やトラブルにつながります。合意して決めた条件は、書面に明記して両者が署名または記名押印し、契約書という形にして残すべきです。そうしないと、後から忘れたり覆されたりしてもそれを証拠によって証明することができず、困ることになります。
お金の貸し借りで最も重要なのは、借りたお金をいつ返済するのかということです。法律上は、返済時期を定めなかった場合は貸主は借主に対していつでも返還請求でき、借主は返還請求を受けてから相当期間(概ね数日から2週間程度)以内に返済しなければなりません。しかし、契約書を作成しなかったからといって、返済時期を定めなかったことにはなりません。「すぐ返す」という曖昧な約束で貸した場合、それが1か月なのか3か月なのか6か月なのか、貸主と借主の認識が異なることは珍しくありません。また、お金を貸す際の話し合いの時に「来年には返す」というような発言があった場合、それが話し合いの経緯の一部にすぎないのか最終的な合意なのか、両者で認識が異なることもあり得ます。貸主・借主に悪気がなかったとしても、認識の違いによって思わぬトラブルになりかねません。「●年●月●日に返済する」というように返済時期を明確に定める場合でも、「返済時期は定めず、貸主が請求した10日後に返済する」と合意する場合でも、いずれにしても書面にしておくことでこのようなトラブルは避けられます。
例えば、下記のようなケースを考えてみてください。
貸主は、借主から、会社経営の資金難のため一時的にお金を貸して欲しいと言われ、貸しました。結局、借主の会社経営は行き詰ってしまいました。借主は、会社が破産状態なのでお金は返せないといいます。貸主は、個人の貯金や自宅があるので返済できるはずだといいます。借主が会社なのか個人なのか、もし会社が借主である場合は個人は保証人になったのかどうか、契約書に明示しておけば、このような対立は回避できます。
貸主は、借主から、自宅を購入するためどうしても必要と言われ、お金を貸しました。ところが借主は、貸したお金で自宅を買わずに遊びに使ってしまいました。貸主は、話しが違うのですぐに返済してもらいたいといいます。借主は、返済時期までに返済すれば、借りたお金をどのように使おうと自由なはずだといいます。資金使途を明示して、それに反した場合は直ちに返済する旨を契約書に明示しておけば、このような対立は回避できます。
貸主が借主にお金を貸した後、貸主が遠方に転居することになったため、口座振込で分割返済することになりました。借主は、貸主が引っ越したため口座振込になるのだから振込手数料は貸主が負担すべきだといいます。貸主は、口座振込は借主の便宜のためであって、嫌なら現金を持って遠方まで返しに来ても構わないといいます。契約書に返済方法と振込手数料の負担を明示しておけば、このような対立は回避できます。
貸主は、借主に、貸主が返還請求をしてから7日後に返済するという約束で、お金を貸しました。貸主は借主に対して返還請求する書面を郵送しましたが、借主から返事がありません。その後期間が経過して、借主が転居していたことが判明しました。貸主は、借主が無断で引っ越したから返還請求が届かなかったのだから返済が遅れた分の遅延利息を払えといいます。借主は、電子メールで連絡してくれれば問題なかったのにそうしなかった貸主が悪いので遅延利息は払わないといいます。返還請求する際の当事者の連絡先を契約書に明記しておけば、このような対立は回避できます。
お金を貸す時は、信頼関係があるから問題は生じないと思い込んで契約書を作らずにお金を渡すかもしれません。しかし、些細な認識の違いから不信感が生じ、その信頼関係が崩れてしまうおそれもあります。そうならないよう、事前に想定できる最低限のポイントは、契約書という形で残しておくことが非常に大切です。
このように、契約書を作成して最低限のポイントを記載しておくだけで多くの問題を回避することができ、返済期限どおりに返済される可能性も格段に高まることが期待できます。それでも返済が遅延する場合は、契約書の内容に沿って貸金を特定して、借主に対して支払催告書を送付しましょう。また、返済が遅延していた借主から全額返済の申出があったときは、借主が安心して支払えるよう、完済時に貸主が完済証明書を作成して借主に交付することがあります。