労働者が遅刻・欠勤をした場合、業務上のミスをした場合、会社の備品を破損した場合、ノルマを達成できなかった場合等々、「労働者にペナルティとして罰金を払わせたい。しかし、法律上の問題が生じそうな気がする。」と考える雇用主の方は少なくないのではないでしょうか。本稿では、労働者に対して科す罰金について解説します。
雇用主は、雇用契約を締結して労働者を雇った後は、その労働者がミスをしたり問題を起こした場合でも、簡単に辞めさせることはできません。そこで、雇用主は、ミスをしたり問題を起こした労働者に対して各種の懲戒処分を科すことによって、企業内の秩序を維持します。懲戒処分を科すためには、必ず就業規則に懲戒処分に関する定めを規定して、労働者に周知しなければなりませんが、就業規則に懲戒処分の種類として「減給」が規定されていると、雇用主は減給処分を科して労働者の給与を減額することができます。この減給処分を「罰金」と呼ぶことが多いのですが、実は一般的に「罰金」と呼ばれるものは下記のように分類することができます。
減給処分:懲戒処分として給与額から一定金額を減らす処分。例えば、月額20万円の給与を支給している労働者がある月に2回ミスをした場合に、1回のミスにつき5000円の減給処分を科し、その月の給与額を19万円とする場合。
欠勤控除:遅刻・早退・欠勤をした労働者に対して、働かなかった分の賃金を支給しないこと。例えば、月額20万円の給与を支給している労働者がある月に2日無断欠勤した場合、2日分の給与相当額である2万円を差し引いた18万円を支給する場合。
損害賠償:故意又は過失により職場の物品を紛失又は毀損する等、雇用主に対して損害を与えた労働者に対してその賠償をさせること。例えば、労働者が過失により10万円相当の会社の備品を破損した場合に、会社がその労働者に対して損害の一部の賠償として3万円を支払うよう請求する場合。
上記3つはいずれも労働者のミスに対して雇用主が金銭的な処分を科すものですが、その性質は異なり、適用される制限も異なります。よって、雇用主が科そうとしている「罰金」が、実際には上記のどれに該当するのかを見極めることが重要です。これらの性質及び科される制限の違いは下記のとおりです。
金額:減給処分を科す際は、あらかじめ就業規則に減給処分の対象となると定められた行為をした労働者に対して、行為の重さに応じた金額の減給処分を科し、その金額を給与額から差し引きます。減給処分の金額は事案ごとに判断することになりますが、反省を促して今後の改善を図ることが目的ですので、必ずしも遅刻や欠勤により就労しなかった時間の長さや、会社が受けた損害額の大きさに合わせた金額である必要はありません。ただし、金額の上限には下記の制限があります。
就業規則の記載:懲戒処分ですので、どのような行為に対して減給処分を科すかを、あらかじめ明確に定めて就業規則に記載しなければなりません。また、小さなミスに対して過大なペナルティを与える規定は無効となりますので、減給処分の対象となる行為として就業規則に記載する行為は、減給処分に値する程の重大な行為でなければなりません。労働者が軽微なミスを繰り返すことを理由として減給処分を検討する場合は、まずは指導書を交付して改善の機会を与えた上で、それでもミスを繰り返す場合に減給処分を科すようにすると良いでしょう。
制限:労働基準法91条に次のように定められています「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」。よって、例えば、月給20万円で1日の平均賃金が1万円の労働者が、ミスを1回した場合に適用できる減給処分は最大で5000円(1日の平均賃金の半額)となります。また、この労働者が1か月間に複数のミスをして複数回の減給処分を適用する場合でも、その月に科すことができる減給処分の合計額は2万円(一賃金支払期における賃金の総額の10分の1)が上限となります。
金額:欠勤控除として賃金から控除できる金額は、労働者が、遅刻・早退・欠勤したことにより、本来労働すべきであったのに労働しなかった時間に応じた金額です。つまり、労働者が2時間遅刻した場合に欠勤控除として差し引くことができるのは2時間分の賃金相当額までであり、例えばこれを半日欠勤とみなして半日分(4時間分)の給与を差し引くことはできません。このような場合、それは欠勤控除ではなく減給処分とみなされます。
就業規則の記載:欠勤控除は、労働を提供していないのであるから賃金債権も発生しないという原則(ノーワーク・ノーペイと呼ばれる)に基づくもので、就業規則に記載がなくても適用することが可能です。しかし実際に適用する際は、1分単位で計算するのか1時間単位で計算するのか、公共交通機関の遅延等の一定の事由がある場合は欠勤控除を適用しない等の条件を定めるか、等の制度設計が必要となりますので、雇い主と労働者が共通理解を持てるよう就業規則に記載しておくと、スムーズな運用が可能となります。
制限:上限金額に制限はありません。極端にいえば、1か月間全く勤務をしなかった労働者に対しては、その月の支給給与額をゼロとすることも可能です。注意すべき点としては、例えば欠勤控除を1時間単位で計算する場合、1時間50分の遅刻は1時間に切り下げて計算しなければならず、これを2時間に切り上げて計算することはできないという点です。また、遅刻・早退・欠勤という考え方をせずに一定期間における総労働時間さえ満たせばよいとする勤務形態(フレックスタイム制)や、遅刻・早退・欠勤に関わらず毎月一定額の給与を支給する給与形態(完全月給制と呼ばれ、遅刻・早退・欠勤は人事評価で考慮する)のように、欠勤控除を適用できないケースもあります。
金額:雇用主が実際に受けた損害額を基準として金額を計算します。労働者が備品を紛失した場合は新たに購入する費用、備品を破損した場合は修理代、労働者が業務上交通事故を起こして会社が被害者に対して損害賠償を支払った場合はその損害賠償額、などが雇用主が労働者に対して請求する損害賠償額の基準となります。ただし、雇用主は、労働者の労働によって利益を得ているのであるからその労働者のミスによって生じた危険も負うべきであるとの考え方から、雇用主も損害の一部を負担すべきと考えられているため、雇用主が労働者に対して請求できる損害額は全損害のうちの一部のみとなることが通常です。
就業規則の記載:労働者に対する損害賠償請求は、労働者の債務不履行又は不法行為という雇用契約又は法律に基づく請求権ですので、雇用主が労働者に対して損害賠償請求できる旨を必ずしも就業規則に記載する必要はありません。
制限:法律上、雇用主が労働者との間であらかじめ損害額を合意して定めることは禁止されていますので、雇用契約や就業規則の中に「労働者が〇〇をした場合、会社に対して××円の損害賠償を支払う」のように明記することはできません。就業規則に定める場合は「会社が実際に受けた損害額につき労働者の過失割合に基づき負担する」といった書き方にするとよいでしょう。また、損害賠償額を労働者の賃金から控除することは労働基準法により禁止されています。よって、賃金支払は通常どおり行った上で、労働者に対して損害賠償を支払うよう請求する必要があります。
ミスや問題を起こした労働者に対して「罰金」を科そうとする場合、それが減給処分なのか欠勤控除なのか損害賠償なのかをよく考える必要があります。減給処分であれば就業規則の規定を確認し、その手続及び内容を遵守しなければなりません。欠勤控除であれば欠勤時間を正確に計算をしてそれを超える控除をしないように注意しなければなりません。損害賠償であれば実際の損害額を適切に計算した上で請求額はその一部のみとなる場合が多いこと、また、損害賠償を給与から差し引くことは認められていないこと、等に注意しなければなりません。